和名『眼球日誌』。国際補助語エスペラント、文学、芸術、人類、政治、社会などについて
profilo
poŝtelefono
qrcode
alioj
reklamanta ligoj
<< 食卓の暴力 | ĉefe | 予告された殺人の記録 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | このページのトップへ
異邦人
 題名は大事なもので、もしこの翻訳小説の題名が『外国人』や『外人』であったならば、日本で今に至るまでの読者数(何人かは知らないが)を確保することはできなかっただろう。鯨はこの題名だけに魅かれて、この本を読んだのはこれで2回目。大学1年生の浮かれたときにはじめて読んで、よくわからずに捨てた。あのときは「それは太陽のせいだ」という言葉を見つけて浮かれていた。浮かれている人間は同邦人だ。
 共感といえば、いまどきのケータイ小説を読む女子高生がそのケータイ小説と共にするものである。しかし鯨も共感するだろう。特に今のような感覚にいるときは。異邦人、というのは何もアルジェリアのアラブ人社会の中にいる異邦人としてのフランス人を指すのではない。裁判所のなかでの唯一の罪人としての被告のことであり、道徳や宗教を奉じる人々のなかで無感覚に生きる人のことだ。
 なぜ鯨が施設の仕事を辞め、沖縄から北海道までを旅し、今、札幌に住んでいるのか?その疑問、その一連の行動を起こした鯨の一連の心情の変化、はこの『異邦人』を読むことによって理解できるだろう。鯨はこの小説を読むと悲しい。裁判所でのムルソーへの無理解が悲しい。検事の声が荒々しいのでひどく心をかき乱される。
私に向けられたこの叫びが、あまりに猛烈な勢いで、且つ、検事の視線は全く勝ちほこった調子なので、この数年来はじめてのことだったが、私は泣きたいというばかげた気持になった。それは、これらのひとたちにどれほど自分が憎まれているかを感じたからだった。

この引用で重要なのは「この数年来」のなかに母(ママン)の死があることだ。母の死は悲しくない。失恋も悲しくはない。友人との別離も悲しくはない。しかし、なぜだか分からない自分への憎しみ、理由を理解できないのに自分に向けられた憎しみだけが「泣きたい」という感情を揺り動かす唯一の原動力だ。

夕方、マリイが誘いに来ると、自分と結婚したいかと尋ねた。私は、それはどっちでもいいことだが、マリイの方でそう望むのなら、結婚してもいいといった。すると、あなたは私を愛しているか、ときいてきた。前に一ぺんいったとおり、それには何の意味もないが、おそらくは君を愛してはいないだろう、と答えた。「じゃあ、なぜあたしと結婚するの?」というから、そんなことは何の重要性もないのだが、君の方が望むなら、一緒になっても構わないのだ、と説明した。それに、結婚を要求してきたのは彼女の方で、私の方はそれを受けただけのことだ、と説明した。すると、結婚というのは重大な問題だ、と彼女は詰め寄ってきたから、私は、違う、と答えた。(中略)あなたは変わっている、きっと自分はそのためにあなたを愛しているのだろうが、いつかはまた、その同じ理由からあなたがきらいになるかも知れない、と彼女はいった。

あれほど久しい前から私についてまわっているこの音が、いつか絶えることがあろうとは、想像できなかった。私にはほんとうの想像力というものがない。それでも、この心臓の鼓動が、もうつづかなくなる、あの瞬間を、頭に思い描こうと試みた。が、だめだった。


「もはや私のものではない一つの生活」ただ数年後か、十数年後か、数十年後に訪れる「死」を受け入れるだけの生活はもううんざりしているけれど、これ以外の生き方はとうてい見つけられないだろう。刑務所の中のムルソーの生き方と、今の鯨の生き方に、大きな違いはない。
| - | 10:10 | - | - | このページのトップへ
スポンサーサイト
| - | 10:10 | - | - | このページのトップへ